短篇集(日文版)-第4章
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巻つきましたが、どうしてもあの男の手の所まではとどきません。
「おのれ故に、あつたら一筆(ひとふで)を仕損(しそん)じたぞ。」
良秀は忌々しさうにかう呟くと、蛇はその儘部屋の隅の壺の中へ抛りこんで、それからさも不承無承(ふしようぶしよう)に、弟子の体へかゝつてゐる鎖を解いてくれました。それも唯解いてくれたと云ふ丈で、肝腎の弟子の方へは、優しい言葉一つかけてはやりません。大方弟子が蛇に噛まれるよりも、写真の一筆を铡膜郡韦I腹(ごふはら)だつたのでございませう。――後で聞きますと、この蛇もやはり姿を写す為にわざ/\あの男が飼つてゐたのださうでございます。
これだけの事を御聞きになつたのでも、良秀の気摺窑袱撙俊⒈菸钉螑櫎糁肖摔胜攴饯⒙裕à郓g)御わかりになつた事でございませう。所が最後に一つ、今度はまだ十三四の弟子が、やはり地獄変の屏風の御かげで、云はゞ命にも関(かゝ)はり兼(か)ねない、恐ろしい目に出遇ひました。その弟子は生れつき色の白い女のやうな男でございましたが、或夜の事、何気なく師匠の部屋へ呼ばれて参りますと、良秀は燈台の火の下で掌(てのひら)に何やら腥(なまぐさ)い肉をのせながら、見慣れない一羽の鳥を養つてゐるのでございます。大きさは先(まづ)、世の常の猫ほどもございませうか。さう云へば、耳のやうに両方へつき出た羽毛と云ひ、琥珀(こはく)のやうな色をした、大きな円い眼(まなこ)と云ひ、見た所も何となく猫に似て居りました。
十
元来良秀と云ふ男は、何でも自分のしてゐる事に嘴(くちばし)を入れられるのが大嫌ひで、先刻申し上げた蛇などもさうでございますが、自分の部屋の中に何があるか、一切さう云ふ事は弟子たちにも知らせた事がございません。でございますから、或時は机の上に髑髏(されかうべ)がのつてゐたり、或時は又、銀(しろがね)の椀や蒔剑胃呋担à郡膜─瑏Kんでゐたり、その時描いてゐる画次第で、随分思ひもよらない物が出て居りました。が、ふだんはかやうな品を、一体どこにしまつて置くのか、それは又誰にもわからなかつたさうでございます。あの男が福徳の大神の冥助を受けてゐるなどゝ申す噂も、一つは確にさう云ふ事が起りになつてゐたのでございませう。
そこで弟子は、机の上のその異様な鳥も、やはり地獄変の屏風を描くのに入用なのに摺窑胜い取ⅳΧ坤昕激丐胜椤熃长吻挨匚罚à筏常─蓼膜啤ⅰ负韦盲扦搐钉い蓼工工取⒐А─筏辘筏蓼工取⒘夹悚悉蓼毪扦饯欷劋à胜い浃Δ恕ⅳⅳ纬啶ご饯厣啶胜幛氦辘颏筏啤
「どうだ。よく馴れてゐるではないか。」と、鳥の方へ頤(あご)をやります。
「これは何と云ふものでございませう。私はついぞまだ、見た事がございませんが。」
弟子はかう申しながら、この耳のある、猫のやうな鳥を、気味悪さうにじろじろ眺めますと、良秀は不相変(あひかはらず)何時もの嘲笑(あざわら)ふやうな眨婴恰
「なに、見た事がない? 都育ちの人間はそれだから困る。これは二三日前に鞍馬の猟師がわしにくれた耳木兎(みゝづく)と云ふ鳥だ。唯、こんなに馴れてゐるのは、沢山あるまい。」
かう云ひながらあの男は、徐(おもむろ)に手をあげて、丁度餌を食べてしまつた耳木兎の背中の毛を、そつと下から撫で上げました。するとその途端でございます。鳥は急に鋭い声で、短く一声啼いたと思ふと、忽ち机の上から飛び上つて、両脚の爪を張りながら、いきなり弟子の顔へとびかゝりました。もしその時、弟子が袖をかざして、慌てゝ顔を隠さなかつたなら、きつともう疵(きず)の一つや二つは負はされて居りましたらう。あつと云ひながら、その袖を振つて、逐ひ払はうとする所を、耳木兎は蓋(かさ)にかかつて、嘴を鳴らしながら、又一突き――弟子は師匠の前も忘れて、立つては防ぎ、坐つては逐ひ、思はず狭い部屋の中を、あちらこちらと逃げ惑ひました。怪鳥(けてう)も元よりそれにつれて、高く低く翔(かけ)りながら、隙さへあれば驀地(まつしぐら)に眼を目がけて飛んで来ます。その度にばさ/\と、凄じく翼を鳴すのが、落葉の匂だか、滝の水沫(しぶき)とも或は又猿酒の饐(す)ゑたいきれだか何やら怪しげなものゝけはひを誘つて、気味の悪さと云つたらございません。さう云へばその弟子も、うす暗い油火の光さへ朧(おぼろ)げな月明りかと思はれて、師匠の部屋がその儘遠い山奥の、妖気に椋Г丹欷抗趣韦浃Δ省⑿募殼荬筏郡趣辘筏郡丹Δ扦搐钉い蓼埂
しかし弟子が恐しかつたのは、何も耳木兎に襲はれると云ふ、その事ばかりではございません。いや、それよりも一層身の毛がよだつたのは、師匠の良秀がその騒ぎを冷然と眺めながら、徐に紙を展(の)べ筆を舐(ねぶ)つて、女のやうな少年が異形な鳥に虐(さいな)まれる、物凄い有様を写してゐた事でございます。弟子は一目それを見ますと、忽ち云ひやうのない恐ろしさに茫à婴洌─丹欷啤g際一時は師匠の為に、殺されるのではないかとさへ、思つたと申して居りました。
十一
実際師匠に殺されると云ふ事も、全くないとは申されません。現にその晩わざわざ弟子を呼びよせたのでさへ、実は耳木兎を唆(けし)かけて、弟子の逃げまはる有様を写さうと云ふ魂胆らしかつたのでございます。でございますから、弟子は、師匠の容子を一目見るが早いか、思はず両袖に頭を隠しながら、自分にも何と云つたかわからないやうな悲鳴をあげて、その儘部屋の隅の遣戸(やりど)の裾へ、居すくまつてしまひました。とその拍子に、良秀も何やら慌てたやうな声をあげて、立上つた気色でございましたが、忽ち耳木兎の羽音が一層前よりもはげしくなつて、物の倒れる音や破れる音が、けたゝましく聞えるではございませんか。これには弟子も二度、度を失つて、思はず隠してゐた頭を上げて見ますと、部屋の中は何時かまつ暗になつてゐて、師匠の弟子たちを呼び立てる声が、その中で苛立しさうにして居ります。
やがて弟子の一人が、遠くの方で返事をして、それから灯をかざしながら、急いでやつて参りましたが、その煤臭(すゝくさ)い明(あか)りで眺めますと、結燈台(ゆひとうだい)が倒れたので、床も畳も一面に油だらけになつた所へ、さつきの耳木兎が片方の翼ばかり、苦しさうにはためかしながら、転げまはつてゐるのでございます。良秀は机の向うで半ば体を起した儘、流石に呆気(あつけ)にとられたやうな顔をして、何やら人にはわからない事を、ぶつ/\呟いて居りました。――それも無理ではございません。あの耳木兎の体には、まつ噬撙黄ァ㈩iから片方の翼へかけて、きりきりと捲きついてゐるのでございます。大方これは弟子が居すくまる拍子に、そこにあつた壺をひつくり返して、その中の蛇が這ひ出したのを、耳木兎がなまじひに掴みかゝらうとしたばかりに、とう/\かう云ふ大騒ぎが始まつたのでございませう。二人の弟子は互に眼と眼とを見合せて、暫くは唯、この不思議な光景をぼんやり眺めて居りましたが、やがて師匠に黙礼をして、こそ/\部屋へ引き下つてしまひました。蛇と耳木兎とがその後どうなつたか、それは誰も知つてゐるものはございません。――
かう云ふ類(たぐひ)の事は、その外まだ、幾つとなくございました。前には申し落しましたが、地獄変の屏風を描けと云ふ御沙汰があつたのは、秋の初でございますから、それ以来冬の末まで、良秀の弟子たちは、絶えず師匠の怪しげな振舞に茫à婴洌─丹欷皮黏吭Uでございます。が、その冬の末に良秀は何か屏風の画で、自由にならない事が出来たのでございませう、それまでよりは、一層容子も陰気になり、物云ひも目に見えて、荒々しくなつて参りました。と同時に又屏風の画も、下画が八分通り出来上つた儘、更に捗(はか)どる模様はございません。いや、どうかすると今までに描いた所さへ、塗り消してもしまひ兼ねない気色なのでございます。
その癖、屏風の何が自由にならないのだか、それは誰にもわかりません。又、誰もわからうとしたものもございますまい。前のいろ/\な出来事に懲りてゐる弟子たちは、まるで虎狼と一つ檻(をり)にでもゐるやうな心もちで、その後師匠の身のまはりへは、成る可く近づかない算段をして居りましたから。
十二
従つてその間の事に就いては、別に取り立てゝ申し上げる程の御話もございません。もし強ひて申し上げると致しましたら、それはあの強情な老爺(おやぢ)が、何故(なぜ)か妙に涙脆(もろ)くなつて、人のゐない所では時々独りで泣いてゐたと云ふ御話位なものでございませう。殊に或日、何かの用で弟子の一人が、庭先へ参りました時なぞは廊下に立つてぼんやり春の近い空を眺めてゐる師匠の眼が、涙で一ぱいになつてゐたさうでございます。弟子はそれを見ますと、反つてこちらが恥しいやうな気がしたので、黙つてこそ/\引き返したと申す事でございますが、五趣生死(ごしゆしやうじ)の図を描く為には、道ばたの屍骸さへ写したと云ふ、傲慢なあの男が、屏風の画が思ふやうに描けない位の事で、子供らしく泣き出すなどと申すのは、随分異なものでございませんか。
所が一方良秀がこのやうに、まるで正気の人間とは思はれない程夢中になつて、屏風の剑蛎瑜い凭婴辘蓼怪肖恕⒂忠环饯扦悉ⅳ文铯⒑喂胜坤螅軞蒴dになつて、私どもにさへ涙を堪へてゐる容子が、眼に立つて参りました。それが元来愁顔(うれひがほ)の、色の白い、つゝましやかな女だけに、かうなると何だか睫毛(まつげ)が重くなつて、眼のまはりに隈(くま)がかゝつたやうな、余計寂しい気が致すのでございます。初はやれ父思ひのせゐだの、やれ恋煩ひをしてゐるからだの、いろ/\臆測を致したものがございますが、中頃から、なにあれは大殿様が御意に従はせようとしていらつしやるのだと云ふ評判が立ち始めて、夫(それ)からは誰も忘れた様に、ぱつたりあの娘の噂をしなくなつて了ひました。
丁度その頃の事でございませう。或夜、更(かう)が闌(た)けてから、私が独り御廊下を通りかゝりますと、あの猿の良秀がいきなりどこからか飛んで参りまして、私の袴の裾を頻りにひつぱるのでございます、確、もう梅の匂でも致しさうな、うすい月の光のさしてゐる、暖い夜でございましたが、其明りですかして見ますと、猿はまつ白な歯をむき出しながら、鼻の先へ皺をよせて、気が摺悉胜い肖辘摔堡咯fましく啼き立てゝゐるではございませんか。私は気味の悪いのが三分と、新しい袴をひつぱられる腹立たしさが七分とで、最初は猿を蹴放して、その儘通りすぎようかとも思ひましたが、又思ひ返して見ますと、前にこの猿を折檻して、若殿様の御不興を受けた侍(さむらひ)の例もございます。それに猿の振舞が、どうも唯事とは思はれません。そこでとう/\私も思ひ切つて、そのひつぱる方へ五六間歩くともなく歩いて参りました。
すると御廊下が一曲り曲つて、夜目にもうす白い御池の水が枝ぶりのやさしい松の向うにひろ/″\と見渡せる、丁度そこ迄参つた時の事でございます。どこか近くの部屋の中で人の争つてゐるらしいけはひが、慌(あわたゞ)しく、又妙にひつそりと私の耳を茫筏蓼筏俊¥ⅳ郡辘悉嗓长馍à筏螅─染菠蓼攴丹膜啤⒃旅鳏辘趣忪(